コロイドヨードは、ヨードという成分をコロイド状にしたもので、がん治療を手掛けるクリニックで使われることがあります。ヨードのことをヨウ素と呼ぶことがあります。
そしてヨードは、前立腺がんの治療でも使われています。
この記事では、前立腺がんを治療する放射性ヨウ素永久挿入術を紹介したうえで、この治療法とコロイドヨードの違いについて解説します。
前立腺がんとは
ヨードを使った治療法を紹介する前に、前立腺がんについて解説します。前立腺は男性だけが持っている臓器で、膀胱の下にあり尿道を取り囲むような形状になっています。
医師たちは前立腺を、「栗」や「ミカン」に例えて説明します。前立腺はちょうど栗ぐらいの大きさで、外形も栗に似ています。そして構造はミカンに似ています。ミカンの実に当たる部分は内腺といい、ミカンの皮に当たる部分を外腺といいます。前立腺は前立腺液を出し、精子を保護したり精子に栄養を与えたりします。
その前立腺にがん細胞が発生するのが前立腺がんです。
前立腺がんは初期症状がほとんどなく、進行すると尿が出にくい、排尿時に痛みが走る、尿に血が混ざるといった症状が現れます。さらに進行すると腰の骨などに転移して、激痛を引き起こします。
前立腺がんの原因は、男性ホルモンが関与していると考えられています。
前立腺がんの治療法には、手術療法、放射線療法、内分泌療法、化学療法などがあります。手術療法は最も確実で、前立腺をすべて摘出します。放射線療法は、放射線をがん細胞に当てて死滅させます。内分泌療法と化学療法は薬を使います。そして放射線ヨウ素永久挿入法も、前立腺がん治療のひとつです。
詳しくみていきましょう。
放射性ヨウ素永久挿入法の詳しい説明
放射性ヨウ素永久挿入法は、放射線をがん細胞に当てて死滅を狙う点で、先ほど紹介した放射線療法と同じです。ただ、一般的な放射線療法は、体の外から放射線を当てる外部照射です。
それに対して放射性ヨウ素永久挿入法は、放射線を出すヨウ素をがん細胞がある前立腺に埋め込み、体の内側から前立腺がんを撃ちます。こちらを内部照射といいます。
放射性ヨウ素永久挿入法では「ヨウ素」を使うことが多いので、この章ではヨードではなくヨウ素という言葉を使って解説します。
「ヨウ素を前立腺に埋め込む」とは
ヨウ素には37種類あり、放射性ヨウ素永久挿入法で埋め込むのは「ヨウ素125」です。ヨウ素125は放射能を持つことから「放射性ヨウ素」と呼ばれます。放射能とは、放射線を出す能力のことで、原子核が壊れるときにα線やβ線、γ線、X線などを出します。ヨウ素125はγ線を出します。
X線はレントゲン写真を撮るときに使われています。レントゲン写真が体の内部を写し出すことができるのは、X線が物質のなかを通過することができるからです。
γ線はX線より物質のなかを通過する力「透過力」が大きい特徴があります。この強い透過力を使って、がん細胞のDNAを破壊し殺します。
ただ、放射線を大量に浴びると、今度はがんが発生しやすくなります。そのため、放射性ヨウ素永久挿入法では、最低量のヨウ素125を、極力がん細胞だけに当てるように埋め込まなければなりません。
特に、ヨウ素125が発する放射線が、患者さんの体外にまで出てしまうことは避けなければなりません。放射性ヨウ素永久挿入法で使うヨウ素125は、0.8ミリ×4.5ミリの小さなチタンカプセルに密封されています。これを患者さんのがんの進行具合によって50~100個ほど前立腺に埋め込みます。
手術前の検査
放射性ヨウ素永久挿入法は患者さんに全身麻酔をかけて行います。そのために手術をする前に、血液型、心電図、胸部X線撮影などの検査を行います。さらに、経直腸超音波検査も行います。この検査で、患者さんに何個のヨウ素125入りチタンカプセルを挿入するかを決めます。
超音波検査機器もレントゲン撮影機器と同様、体内の画像を撮影できる装置ですが、超音波は放射線を出しません。経直腸超音波検査は、超音波検査機器を肛門のなかに挿入することになるので、痛みを伴います。
ヨウ素125入りチタンカプセルは日本では製造されていないので、経直腸超音波検査で必要数を見極めてから発注します。ヨウ素125入りチタンカプセルが輸入されるまで、発注から1カ月ほどかかるので、経直腸超音波検査は手術の1カ月前に行います。
手術の方法
手術は全身麻酔をして行います。肛門と陰茎の間の会陰という場所から、針を使ってヨウ素125入りチタンカプセルを前立腺に挿入していきます。手術時間はヨウ素125入りチタンカプセルを何個挿入するかによって変わってきますが、大体1~2時間程度です。
挿入は超音波検査機器の画像をみながら行います。挿入する場所はコンピュータで事前に計算して決めておきます。手術後は1日入院して、問題なければ退院します。
治療したことを証明するカードを携行しなければならない
放射性ヨウ素永久挿入法の治療を受けた患者さんは、病院が発行する、治療したことを証明するカードを1年間携行しなければなりません。放射性ヨウ素永久挿入法で使うヨウ素125は微量であり、また、放射線が体外に漏れ出ず、前立腺の中だけにとどまるようにチタンカプセルに入れています。しかし万が一患者さんが死亡したときはチタンカプセルを取り除かないとなりません。
治療証明カードは、そのような事態に備えるものです。
チタンカプセルの除去は原則、治療を行った医師または病院が行います。放射性ヨウ素永久挿入法を受けた患者さんが海外に行く場合は、英語版のカードを発行してもらい、携行する必要があります。
チタンカプセルは通常の金属探知機には反応しませんが、アメリカの空港には、ごく微量な放射線でも検知する装置を使っていることがあります。その探知機に異常を検出されたとき、英語版の治療証明カードが必要になります。
ただ1年を経過すると放射線の力が弱まるので、治療証明カードは必要なくなります。
放射性ヨウ素永久挿入法の副作用
放射性ヨウ素永久挿入法の副作用には、次のようなものがあります。
- 尿の出が悪くなる
- 排尿のときに痛みが走る
- 尿の回数が多くなる(頻尿になる)
- 尿が出ない
- 便がしたい感じが消えない
- 排便時に違和感が残る
- 排便時に出血する
- チタンカプセルが肺などの前立腺以外の臓器に移動してしまう
尿に関する不便さは、一時期を過ぎると消えることがあります。
尿が出なくなる「尿閉」は、泌尿器科での治療が必要になります。
排便時の出血は、治療後1年ほど経過して現れることがあります。これも泌尿器科で治療することになります。
チタンカプセルが前立腺以外の臓器に移動してしまっても害があるわけではありませんので、レントゲン検査でチタンカプセルの位置だけ確認だけしてそのまま放置することもあります。
治療を受けたあとの生活
放射性ヨウ素永久挿入法では、放射線が患者さんの対外を出ないように行われますが、万が一のことを想定して、患者さんは次の点に気をつける必要があります。
- 子供や妊婦と長時間接触することは避ける。短時間なら問題ない
- 性交は治療を受けてから2~3週間は控える
- 性交は最初の5回程度はコンドームを使ったほうがよい。精液中にヨウ素125が漏れ出る可能性がゼロではないが、しばらくすると漏れることがなくなるため
- 治療証明カードを1年間は携行する
このように、生活は多少不便になるかもしれません。
外部照射を併用する場合
放射性ヨウ素永久挿入法では、ヨウ素125入りチタンカプセルを最大100個ほどしか挿入できません。しかも放射線が体外に漏れ出ないように最小限にしなければなりません。そのため、ヨウ素125入りチタンカプセルだけでは、がん細胞を叩くのに不十分な場合があります。
その場合は、放射線療法の外部照射を併用することがあります。外部照射とは、放射線を体の外から当てる治療法です。
また前立腺がんが進行していて、手術前から放射性ヨウ素永久挿入法だけでは足りず、外部照射の併用を前提として治療を進めることもあります。
放射性ヨウ素永久挿入法を受けられない患者さん
次のような患者さんは、放射性ヨウ素永久挿入法の治療を受けられません。
- がん細胞が前立腺だけにとどまってなく転移している
- 前立腺が非常に大きくなっている
- 以前に前立腺肥大症の手術を受けている
放射性ヨウ素永久挿入法のメリット
放射性ヨウ素永久挿入法の治療を受けるメリットを紹介します。
最も大きなメリットは、高い治療効果が得られることです。前立腺の全摘出と同等の治療効果が得られる、というアメリカのデータもあります。治療効果が高いのは、放射線を直接がん細胞に浴びせることができるからです。
また、放射性ヨウ素永久挿入法の手術の規模は、前立腺の全摘出より小さいので、体への負担が小さく済みます。これも患者さんにとっては重要なことです。
微小カプセルを挿入するだけなので、膀胱や直腸への影響がほとんどありません。先ほど副作用として「排尿や排便に支障が出る」と紹介しましたが、深刻化することはまれです。
治療後の性機能は7割の人で維持されるという報告もあります。
コロイドヨードとの違い
放射性ヨウ素永久挿入法で使うヨウ素と、コロイドヨードに含まれるヨードは同じです。また、放射性ヨウ素永久挿入法は前立腺がんというがんの治療に使いますし、コロイドヨードは医師によっては末期がんの患者さんにすすめます。
しかしヨウ素125は放射線を発しますが、コロイドヨードのヨードは放射線を出しません。
また、ヨウ素125ががんを叩く機序と、コロイドヨードに対して効果を発揮する機序はまったく異なります。
機序とは、治療法が効果を出すためのメカニズムのことです。
放射性ヨウ素永久挿入法では、ヨウ素125が出す放射線ががん細胞を叩きます。これが、ヨウ素125ががんを治す機序です。
一方、コロイドヨードは液体のヨードを飲んだり点滴投与したりしますが、放射線を発生することはありません。
では、コロイドヨードの機序はどのようになっているのかというと、実はよくわかっていません。そのためコロイドヨードを使ったがん治療は、日本の公的医療保険の対象になっていないのです。
しかし、コロイドヨードの服用を続けたことで、患者さんのがんが消えたり小さくなったりしたという報告は、患者さん本人からも、治療した医師からもあがっています。
コロイドヨードは免疫力を高める力を持っています。一方、がん細胞は、患者さんの免疫力が低下すると活発になり増殖します。したがって、医学的に機序は証明されていなくても、コロイドヨードを末期がんの患者さんに使うことは「理にかなっている」といえます。
まとめ~「毒と治療」の不思議な関係
ヨウ素125は、放射線を発生します。放射線を大量に浴びるとがんを発症することがわかっていますが、放射線をコントロールするとがん細胞を死滅させることができます。
ヨードも、大量に服用すると体内で毒として働きますが、必要量を服用しないと健康を害します。毒は人の命を奪うもので、治療は命を救う行為ですが、その両方で同じものが使われているのは不思議に感じるかもしれません。
その毒効果と治療効果バランスを考慮して、治療効果だけを使うのが医療というわけです。