ヨードは人の体にさまざまな影響をもたらします。
ヨードは体になければならない成分ですが、多く摂取しすぎると毒として働いてしまいます。つまりヨードは、健康にも不健康にもするのです。
また、コロイドヨードという液状のヨードは、末期がんの患者さんを治療するクリニックが使うことがあります。
そしてヨードは、甲状腺がんの治療でも使われます。ただこの場合のヨードの使い方と、コロイドヨードの使い方は「まったく異なります」。
甲状腺がん治療におけるヨードの使い方を紹介したうえで、コロイドヨードとの違いを解説します。
甲状腺とは
ヨードによる甲状腺がん治療を紹介する前に、甲状腺について紹介します。
甲状腺は喉にある小さな臓器
甲状腺は喉にある、重さ約20g、大きさ縦5センチ、横4センチ程度の小さな臓器です。蝶が羽を広げたような形をしています。喉にありますが、気管とも食道ともつながっていません。
甲状腺の重要な役割は甲状腺ホルモンをつくることです。
甲状腺ホルモンは、次のような役割を担っています。
- 基礎代謝の亢進(こうしん)
- 脂質と糖の代謝を促す
- 脳と骨の成長を促す
亢進は、たかぶらせるという意味です。基礎代謝とは、生きるために最低限必要なエネルギーのことです。基礎代謝が亢進すると、体が活性化されます。
代謝とは、生存に必要なエネルギーを獲得したり、体内で化学反応が起きたりする現象の総称です。
このような役割に加えて、脳と骨の成長にも関与している甲状腺ホルモンは「生命維持に深く関わっている」物質といえます。
甲状腺の機能が低下する甲状腺機能低下症を発症すると、むくんだり、皮膚がカサカサしたり、食欲があるのに体重が減ったり、脈拍の遅れ、無気力、肩こり、月経異常、月経過多、月経時の多出血などを引き起こします。
甲状腺と脳の関係
甲状腺は脳とも深く関わっています。
甲状腺が甲状腺ホルモンをつくったり、つくらなかったりするのは、甲状腺刺激ホルモンが調節しているからです。
甲状腺刺激ホルモンの調節は、脳の脳下垂体が行っています。脳下垂体は、血中の甲状腺ホルモン濃度をチェックしていて、濃度が低下すると甲状腺刺激ホルモンを出し、甲状腺に甲状腺ホルモンをつくるよう命じるわけです。
以上の流れをまとめてみましょう。
血中の甲状腺ホルモン濃度が低下する
↓
脳下垂体が甲状腺刺激ホルモンを出す(脳が甲状腺に甲状腺ホルモンの増産を命令する)
↓
甲状腺が甲状腺ホルモンをつくる
↓
血中の甲状腺ホルモン濃度が正常に戻る
甲状腺は脳からダイレクトに命令を受けるほど重要な臓器である、と考えることができます。
甲状腺がんとは
甲状腺に腫瘍ができ、その腫瘍が悪性の場合、甲状腺がんと診断されます。
腫瘍とはいわゆる「できもの」のことです。
初期の甲状腺がんは、ほとんど症状がありません。甲状腺は小さいうえに、喉の中心部にあるので、皮膚の上から指で触っただけでは違和感を検知することはできません。
ただ甲状腺がんが進行すると、呼吸が苦しくなる、声がかすれる、飲み込みがしにくくなる、食べ物を気管に入れてしまうことが多くなる、喉に圧迫感を感じる、喉に痛みが走る、血痰(血が混じった痰)といった症状がでます。
甲状腺がんの年間発症率は10万人あたり12人とされ、女性の方が男性より圧倒的に発症しやすい傾向にあります。甲状腺がんの発生原因で確実にわかっているものは、子供のころの放射線被ばくです。
甲状腺がんの治療のひとつに、ヨウ素治療(ヨード治療)があります。ヨウ素とヨードは同じ物質の別の名称です。
病院ではヨウ素という言葉が使われることが多いようです。
「甲状腺とヨウ素の関係」と「甲状腺がんとヨウ素の関係」はまったく違う
甲状腺がんのヨウ素治療を紹介する前に、「甲状腺とヨードの関係」と「甲状腺がんとヨードの関係」について考えてみます。
先ほど、甲状腺でつくられる甲状腺ホルモンは、生命維持に重要な役割を果たしている、と紹介しました。甲状腺ホルモンの原料になっているのがヨウ素です。そこでヨウ素を含む昆布などの海藻類を食べることが重要になってきます。
しかしヨウ素は過剰に摂取しすぎると、バセドウ病などの病気の発症リスクが高まってしまいます。
つまり甲状腺を正しく機能させるには、人は、絶妙な量のヨウ素を摂り続けなければなりません。
ところが、甲状腺がんとヨウ素の関係をみると、ヨウ素はあたかも甲状腺がんの治療薬のような働きをします。
以上のことを一旦まとめてみます。
- 甲状腺を正常に機能させるには、ヨウ素は多すぎても少なすぎてもだめ
- 甲状腺がんの治療にヨウ素が使われることがある
「結局、ヨウ素は体によいのか、害悪なのか」と感じると思います。
この疑問を、甲状腺がんの治療法「ヨウ素治療」を解説しながら解き明かしていきます。
甲状腺がんのヨウ素治療の仕組み
甲状腺がん治療で使うヨウ素は、ヨウ素131という特殊なものです。ヨウ素131は放射線を放出する性質があります。
放射線を大量に浴びるとがんの発症リスクが高くなりますが、放射線はがん治療にも使われています。放射線によるがん治療は、手術と抗がん剤と並んで「がん3大治療法」となっています。
甲状腺がんのヨウ素治療も放射線でがん細胞を叩きますが、一般的な放射線治療とは手法が異なります。
一般的な放射線治療は、がん患者さんの体の外から放射線を当てます。これを外部照射といいます。
一方、甲状腺がんのヨウ素治療は、体の内部から放射線を当てます。それでこの手法を内部照射といいます。
次に、ヨウ素治療の内部照射のメカニズムを紹介します。
ヨウ素治療の内部照射のメカニズム
甲状腺がんのヨウ素治療では、患者さんはヨウ素131が入ったカプセルを飲み込みます。その前に準備しなければならないことがありますが、それは後段で紹介します。
先ほど、甲状腺はヨウ素を原料にして甲状腺ホルモンをつくる、と紹介しました。つまり甲状腺をつくっている細胞は、その体内にヨウ素を取り込むことになります。
この性質を利用して、甲状腺がんのがん細胞に、ヨウ素131を取り込ませます。ヨウ素131を取り込んでしまったがん細胞は、放射線によって死滅します。
ヨウ素131が発生する放射線のうち、がん細胞を死滅させるのはβ線と呼ばれる放射線で、これは影響が及ぶ距離は5ミリほどしかありません。そのため、がん細胞は死滅しますが、その周囲の正常細胞にはほとんど影響を及ぼしません。
ヨウ素131のカプセルを飲む前の重要な準備
甲状腺がんの患者さんは、ヨウ素131のカプセルを飲む前に、ある準備をしなければなりません。それは甲状腺の全摘出です。手術が必要になります。
甲状腺のがん細胞はヨウ素を取り込む性質がありますが、甲状腺の正常細胞もヨウ素を取り込みます。そのため、甲状腺が残ったままヨウ素131のカプセルを飲んでしまうと、甲状腺の正常細胞まで死滅してしまうのです。
甲状腺は生命維持に重要な役割を果たしますが、がん細胞を退治するためには全摘をしなければなりません。
手術で甲状腺を全摘したのなら、「がんを取り除いたということでヨウ素治療を行う必要はないのでは?」と疑問が出てくるかと思いますが、多くの場合、全摘をしても目に見えないほどの小さな甲状腺組織が残ってしまいます。その残った組織の中にがん細胞がないとは限らず、ヨウ素治療を行うことでがん細胞を叩くことができます。
ヨウ素131のカプセルの飲み方と飲んだあと
ヨウ素131のカプセルは、この治療を専門に行っている病院に入院して飲みます。
ヨウ素131は甲状腺以外の体内の器官に届いてしまうことがあり、そのとき体の外に放射線を放出することがあります。放射線は健康な人には毒でしかないので、患者さんはヨウ素131のカプセルを、放射線を外に漏出させない特殊な加工が施された部屋で飲みます。
患者さんはその部屋で人に接触しないようにして4~5日過ごし、体から放射線が検出されなくなったら退院することができます。
トイレはその特別室内に設けられていて、食事は特殊な窓から提供されます。
治療の頻度
甲状腺がんがヨウ素131を取り込んでいる様子は、シンチグラフィーという検査で視認できます。
ヨウ素131カプセルの治療は、1回終わったら1年後にもう一度行います。その治療が終わったらまた、シンチグラフィー検査を行います。がん細胞がまだヨウ素131を取り込んでいたら、また1年後に同じ治療を実施します。
これを、がん細胞がヨウ素131を取り込まなくなるまで繰り返します。
ヨウ素131治療とコロイドヨード治療の違い
ヨウ素とヨードは同じ物質に対する、異なる呼び名です。
ヨウ素131は甲状腺がんの治療で使われていて、コロイドヨードも、がん治療のクリニックで使われています。
しかし、コロイドヨードを使った治療は、ヨウ素131を使った甲状腺がんのヨウ素治療とは、全然種類が異なります。
甲状腺がんのヨウ素治療は、公的医療保険を使うことができる、厚生労働省公認の治療法です。先ほど紹介した九州大学病院だけでなく、東大病院などでも行われています。
しかし、コロイドヨードは、日本の医学界では正式ながん治療としては認められていません。公的医療保険は使えず、治療費は患者さんが全額負担しなければなりません。
また、大学病院だけでなく、市立病院などの大規模病院でもコロイドヨードを使うことはほとんどありません。
コロイドヨードは、街のクリニックの院長が、がん3大療法の効果が得られなくなった末期がん患者さんに提供される形で使われています。
そのためコロイドヨードを使った治療法は、がんの代替療法と呼ばれています。
また、コロイドヨードで使われているヨード(ヨウ素)は、放射線を発生しません。
コロイドヨードは、飲用や点滴などで患者さんに投与し、コロイドヨードを飲んだ患者さんは、免疫力が高まることがあります。
がん細胞は、免疫力が落ちることで増殖するので、末期がんの患者さんにコロイドヨードを提供し、免疫力を高めてもらうために使用されることがあります。
まとめ~よい副作用はあっても悪い副作用は少ない
コロイドヨードの利点は、悪い副作用がほとんどないことです。その一方で、よい副作用はいくつかあります。
末期がんの患者さんがコロイドヨードを服用すると、体力が回復することがあります。がん治療で抗がん剤を使うと、がんをある程度退治できても、患者さんの体力が著しく奪われることがあります。その疲れ果てた姿は、「抗がん剤を使わなければよかった」と思わせるほどです。
そこで、医師の管理の下、抗がん剤を中止してコロイドヨードに切り替える末期がん患者さんもいます。すると健康を取り戻したり、食欲が回復したり、活動量が増えたりすることがあるのです。
末期がん患者さんにとって生活の質が向上することは、何物にも代えがたい喜びになります。
ヨード(ヨウ素)には、ヨウ素131のように放射線で甲状腺がんを叩くものもあれば、コロイドヨードのように生活の質に大きく関わるものもあります。不思議な物質ですね。