コロイドヨードは、ヨードという成分をコロイドという状態に加工した製品で、がん治療の医師が、末期がんの患者さんに症状の緩和などを期待して提供しています。ヨードはヨウ素とも呼ばれ、体内に備わっている重要な成分であり、昆布やワカメなどの海藻にも含まれています。
コロイドヨード療法は、大学病院やがんの研究機関がその効果を証明した治療法ではありません。しかし現役の医師からさまざまな実績が報告されています。
なぜ、一部のがん治療の医師たちはコロイドヨードを使うのでしょうか。
医師のなかには、「コロイドヨードはがん患者さんの免疫力を高めているのではないか」と指摘する人もいます。
免疫とはなんでしょうか。
「がん」と「免疫」の2つの単語を聞くと、がんの免疫療法を思い浮かべる人もいると思います。京都大学の本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授は2018年に、まさにこのがんの免疫療法の研究によってノーベル医学・生理学賞を受賞しました。
では、ノーベル賞のがん免疫療法と、コロイドヨード療法に関する免疫は、同じ「免疫」なのでしょうか。もし違うのであれば、両方とも「免疫」と呼ばれているのに何が異なるのでしょうか。これらの疑問に答えていきます。
がん免疫療法の仕組み
まずは、ノーベル賞のがん免疫療法についてみていきましょう。本庶特別教授の研究成果はすでに、がん治療薬「免疫チェックポイント阻害薬オプジーボ」(以下、オプジーボ)として市販化されています。オプジーボはその効果だけでなく、高額ながん治療薬として何度もマスコミに取り上げられているので、ご存知の方も多いでしょう。
ここでは、オプジーボが免疫のどのような機能を使ってがんを叩いているのか解説します。
そもそも免疫とがんの関係は
免疫とは、人の体に備わっている能力のひとつで、体内に侵入してきた細菌やウイルスを叩くことができます。例えば、同じ場所にいながらインフルエンザを発症する人と発症しない人がいるのは、免疫力の差です。
免疫はさらに、がん細胞も攻撃します。それは、がん細胞も細菌やウイルスと同じように、正常ではないものだからです。免疫は正常でないものを感知し、攻撃を仕掛けるようプログラムされているのです。
では、がんとはなんなのでしょうか。
実は健康な人の体内でも、がん細胞は生まれています。しかし健康な人は免疫が機能しているので、発生したがん細胞は次々壊されます。それで免疫が機能している人は、がんという病気を引き起こさないのです。
つまり、がん患者さんと健康な人の違いは、がんがあるかないかではなく、がんが死滅しているかどうか、です。
がん患者さんとは、免疫の力が落ちてがん細胞が増えてしまった状態にある人のことなのです。
免疫の仕事を担っているのはT細胞
ここまでの説明で疑問がわいていると思います。「免疫ががん細胞を叩く能力のことなら、免疫という仕事を担っているのは『誰』なのか」
「免疫という仕事」をしているのは、T細胞という細胞です。T細胞は血液中に含まれています。
T細胞は、自らがんを探しに出かけ、がん細胞をみつけたらそれに接触し、サイトカインやパーフォリン、グランザイムという物質を放出して叩きます。
この一連の流れこそ、がんに対して有効に働く免疫です。
T細胞があるのになぜがん細胞が猛威を振るうのか
この説明を聞くと新たな疑問がわくのではないでしょうか。
「T細胞があるなら、なぜがん細胞が増えるのか」
それは、がん細胞のなかに、T細胞に反撃できるものがあるからです。T細胞を攻撃できる「強いがん細胞」は「PD-L1」という物質を出します。この「PD-L1」こそが、T細胞の動きを弱めてしまうのです。
T細胞はがん細胞を攻撃するのですが、「PD-L1」という武器を持ったがん細胞はT細胞に反撃できます。それで強いがん細胞は、T細胞に攻撃されながらも増えていきます。
T細胞が攻撃を受けるのは「T細胞自身のせい」だった
研究者たちは、「PD-L1」がどのようにしてT細胞を攻撃しているのかを突き止めました。T細胞の表面には「PD-1」という物質が付着していて、この「PD-1」が、がん細胞の「PD-L1」と結合することがわかりました。
T細胞が「PD-L1」に攻撃されてしまうは、T細胞自身に付着している「PD-1」のせいだったわけです。
つまりT細胞が攻撃されるのは、T細胞自身のせいだったのです。
オプジーボはT細胞を守っている
さて、ここからがん免疫療法が登場します。
がん免疫療法の考え方を使って開発されたがん治療薬のオプジーボは、T細胞の「PD-1」と結合する性質を持っています。
T細胞の「PD-1」とがん細胞の「PD-L1」が結合することでT細胞が攻撃されてしまうので、オプジーボが先に「PD-1」と結合してしまえばT細胞はがん細胞の「PD-L1」と結合できなくなります。それでがん細胞はT細胞に反撃できなくなります。
T細胞が反撃されなければ、T細胞はがん細胞を叩き続けることができます。
このことをまとめると次のようになります。
- T細胞の「PD-1」とがん細胞の「PD-L1」が結合→T細胞が攻撃される
- T細胞の「PD-1」とオプジーボが結合→T細胞の「PD-1」とがん細胞の「PD-L1」は結合できない→T細胞は攻撃されない→T細胞によるがん細胞への攻撃が継続する
がん細胞の「PD-L1」から攻撃されないT細胞は、本来の免疫の力を取り戻し、再びがん細胞を攻撃し始めます。
これまでの抗がん剤はがん細胞を攻撃していましたが、オプジーボは、がん細胞の反撃力を奪うことでT細胞を助けています。オプジーボはT細胞を守っているのです。
抗がん剤もオプジーボも「がんの治療薬」ではありますが、「がんの治し方」がまったく異なります。
それでこの治療法は、従来の抗がん剤療法とは異なる名称で呼ばれるようになりました。それが「がん免疫療法」です。
コロイドヨード療法の免疫とは
ではコロイドヨード療法の免疫と、オプジーボなどのがん免疫療法の免疫は、同じなのでしょうか、それとも別物なのでしょうか。
その答えはこうなります。
「免疫という意味では両者は同じだが、免疫の力のレベルが異なる」
この説明だけでは足りないので、さらに深く解説します。
ヨードの働きと免疫の関係
コロイドヨードの主成分であるヨードは、体内に存在しますが時間の経過とともに消費されて消えてしまいます。したがって人は、ヨードを含む海藻を定期的に食べてヨードを補給する必要があります。
では、ヨードがなくなると何が起きるのでしょうか。ヨードは新陳代謝や成長に関係しているので、ヨードがなくなると子供は成長できなくなります。
また、女性がヨード欠乏に陥ると妊娠しづらくなったり、流産や死産が起きやすくなります。またヨード欠乏の母親から赤ちゃんが生まれると、脳の発達が遅れてしまったり、歩行が困難になったりしてしまうこともあります。
以上がヨードの説明なのですが、このなかに一度も「免疫」という言葉は登場していません。つまり医学の研究者たちは「ヨードが免疫の力を高める」といった表現や「ヨードが不足しているとT細胞の免疫能力が弱まる」といった表現を使っていません。
つまり、医学的に厳密な話をすると、ヨードは免疫に直接的には関与していません。
ではヨードと免疫が完全に無関係なのかというとそうではなく、ヨードは間接的に免疫に関わっています。
腸を元気にする食べ物は「免疫力を高めている」といわれる
免疫という言葉はいまでは普通に使われるようになりました。例えば日常会話でも「免疫力を高めよう」と頻繁にいわれます。
この場合の免疫とは、T細胞が持つ免疫とは違うものです。T細胞の免疫力は医学的に証明され、がん細胞を叩くメカニズムも解明されています。
しかし「免疫力を高めよう」といったり、「この食べ物には免疫を高める力がある」といったりするときの免疫は、そこまで医学が関わっているわけではありません。
例えば、「ヨーグルトや納豆などの発酵食品には免疫力を高める力がある」とよくいわれます。これは事実なのですが、しかしだからといってヨーグルトや納豆の成分が、T細胞のように活動するかというと、そこまでのことはわかっていません。
ヨーグルトや納豆、野菜、果物などを多く食べている人は、食べていない人より病気になりにくいため、免疫力が高まっていることは「間違いなさそう」ですが、医学的には「間違いなく免疫を高めている」とは断言できないのです。
ただ、こうした食品が腸に働きかけ、腸が持つ免疫力を高めているメカニズムはかなり解明されてきています。
海藻由来のヨードが免疫を高めるのは「間違いなさそう」
そして海藻も、免疫力を高める効果があるのは「間違いなさそう」と考えられています。
それで、海藻に由来するヨードも、免疫力を高めていることは「間違いなさそう」と考えられるようになったのです。
コロイドヨードをがん患者さんに対して使った多くの医師が、免疫力が高まっていることは「間違いなさそうだ」という感触を得ているからです。
末期がん患者さんの気持ちと、末期がん患者さんを治療する医師の気持ち
さて、ここまでの説明で、次の2つのことがわかりました。
- オプジーボがT細胞の免疫力を高めているのは医学的に「間違いない」
- コロイドヨードが免疫力を高めていることは「間違いなさそうだ」
この2つは、医学的な見地からすると、まったくの別物です。つまり、同じ免疫についての説ではありますが、対象にしている免疫のレベルが全然違います。
しかし、手術も抗がん剤も放射線も効かなくなった末期のがん患者さんを治療している医師にとっては、この2つは両方とも重要です。
そして、がん患者さん本人にとっても、この2つはとても重要です。「医学的にがんが治ると証明されていなくても、その他の治療法がないのであれば試してみたい」と思うでしょう。
つまりコロイドヨード療法とは、がん治療に携わってきた医師が「コロイドヨードが免疫力を高めていることは間違いなさそうだ」と考えていることが重要なのです。
まとめ~2人の医師に相談してください
ある人ががん検診を受けてがんがみつかったら、周囲の人はその人に「早く治療を受けなさい」というでしょう。この場合の治療とは、手術、抗がん剤、放射線療法のことで、この3つは、がんの3大療法と呼ばれています。
そしてオプジーボなどの、がん免疫療法は「第4のがん療法」と呼ばれています。
しかし、オプジーボよりも先に使われているコロイドヨードは、正式には「がん療法」と呼ばれていません。しかし、一部のがん治療の医師たちは長らくコロイドヨードを使っています。
つまり現代のコロイドヨードはまだ、医学的な根拠と実際の効果が一致していない状態にあります。
したがってコロイドヨード療法を試したいと考えているがん患者さんは、3大療法を受けている医師やコロイドヨード療法を提供している医師の双方の話をじっくり聞いて、「どうするか」を考える必要があるでしょう。