がん治療を補完する存在になることが期待されているコロイドヨードは、長年の研究の積み重ねによって、日本の医師に注目されるようになりました。
クリニックを開業している医師が、末期がんや皮膚疾患の患者さんたちにコロイドヨードを使うこともあります。
コロイドヨードの開発の歴史をたどっていくと、200年もさかのぼることができます。すべてをここで紹介することはできませんが、この200年を次の4つの期間にわけて、その時代の特徴を紹介します。
- 「発見から可能性を探る」期
- 「日本の関与が強まる」期
- 「重大な病気に試されるようになった」期
- 「がん治療への可能性を探る」期
この記事を読んでいただくと、現代のコロイドヨードは、科学者たちのたゆまぬ探求心の賜物(たまもの)であることがわかるでしょう。
さらに、現代の日本の医療現場でコロイドヨードがどのように使われているのかも紹介します。
そもそもヨードとは、コロイドヨードとは
歴史を振り返る前に、コロイドヨードの基礎知識を身につけておきましょう。
コロイドヨードとは、コロイド状のヨードという意味です。
ヨードはヨウ素ともいい、原子番号53の非鉄金属元素で、元素記号は「I」です。殺菌剤のヨードチンキはヨードでできています。レントゲンの造影剤としても使われています。
そしてヨードは、人の体になくてはならない成分です。人の喉に甲状腺という20グラムほどの臓器があるのですが、ここで甲状腺ホルモンという物質をつくっています。甲状腺ホルモンは成長や新陳代謝に関わる重要なホルモンで、ヨードは甲状腺ホルモンの材料になっています。
ヨードはワカメや昆布など海藻に多く含まれています。
コロイドとは、2つ以上の物質が混ざり合った状態のことをいいます。例えば牛乳は脂肪やたんぱく質などの成分が水と混ざったコロイド状の液体です。ペンのインクもインク成分と水や油が混ざったコロイド状の物質です。
したがってコロイドヨードとは、ヨードをコロイド状にしたものです。コロイドヨードは特殊な液体にヨードを混ぜたものです。医療現場では、それを患者さんに飲んでもらったり点滴投与したりします。
1811~1918年「発見から可能性を探る」期
<1811年>
ヨードの歴史は、1811年のフランスから始まります。硝石業者のクールトア氏が、世界で初めて、海藻からヨードを発見しました。もちろんクールトア氏は人類で初めてヨードを手にしたので、それがヨードであることは知りません。ヨードという名前すらありませんでした。
硝石は鉱物の一種で、染料や肥料に使われていました。
クールトア氏は硝石を、海藻を焼いた灰からつくっていました。クールトア氏が海藻の灰から抽出した液体に酸を加えると、黒紫色の結晶ができました。それが後にヨードと呼ばれる物質でした。
初めての発見から2年後の1813年に、やはりフランスの科学者であるゲイリュサック氏が、その黒紫色の結晶が新しい元素であることを確認しました。ギリシャ語で紫のことを「iodestos」といい、頭の4文字を取り「iode(ヨード)」と名づけました。
ヨードに殺菌効果などがあることから、これを生産することになりました。1814年に世界で初めて、フランスで工業的な方法でヨードが生産されました。
<1828年>
殺菌剤のヨードチンキという製品が開発されたのは1828年のことです。
<1868年~>
フランス式のヨード生産方法は効率が悪いものでした。
より効率的な生産方法が開発されたのは、南米のチリでした。1868年のことです。これによりヨードの生産量は飛躍的に増加しました。
すると各国で生産を競うようになり、1910年には、かん水からヨードをつくれるようになりました。この方法は現代のヨード生産法の原型になっています。
1919~1989年「日本の関与が強まる」期
ヨード開発・生産で遅れをとっていた日本でしたが、1919年にある天才が現れ、一気に形勢を逆転させました。
<1919年>
実は日本でもヨードの生産は1800年代に始まっていました。最も古い記録は1888年で、生産場所は東京・深川です。ただこのころは古い生産方法を採用していたので、効率は低かったようです。このころの日本は「医療後進国」だったわけです。
ところがその日本で、大きな成果があがりました。
1919年(大正8年)、薬学の研究者である牧野民蔵と千代蔵の兄弟がヨードは「人の体に絶対必要な成分」であることをみつけました。さらに牧野兄弟は、生産性の高い方法を開発しました。
牧野兄弟は、地中から天然ガスを取り出すパイプに、ヨードが付着していることを発見しました。これならパイプの表面を削るだけでヨードが取れるので、効率的です。
ところがこのヨードは無機質ヨードといい、そのままでは人に害を与えてしまいます。そこで牧野兄弟は、有害の無機質ヨードを無害の有機質ヨードに変換する研究に取り組み、1921年に成功しました。
牧野兄弟は有機質ヨードの医薬用の製品を開発していきました。これは当時、大きな話題になりました。
<1934年(昭和9年)>
1939年から始まる第二次世界大戦の「前夜」である1934年に、日本で画期的なヨード生産法が開発されました。
千葉県大多喜町の工場で、かん水からヨードを製造することに成功したのです。かん水から生産する方法が海外で発明されたのは1910年なので、日本は20年以上遅れていたことになります。
ところが日本人は、一度成功するとそこから創意工夫を重ねてよりよいものにすることが得意です。またたくまに大量生産の方法を開発し、日本はヨードの輸出国になったのです。
<1950年>
終戦(1945年)から5年後の1950年(昭和25年)に、広島原爆の被害を受けた患者に、1年間にわたってヨードをつかった治療が行われた、という記録があります。
<1960年>
1960年ごろ、さらに画期的なヨードの生産方法が完成しました。ブローアウト法といい、かん水からヨードだけを気化させる方法です。ブローアウト法は現在でも日本のヨードメーカーの主流の生産方法になっています。
このころ、医療にヨードを用いる研究はさらに進みました。
<1968年>
厚生省(現、厚生労働省)が1968年に大阪ヨード製薬株式会社にヨード製品の医薬品製造承認許可を出しました。
<1980年>
コロイドヨードの「生みの親」とされる佐藤一善という人が、アメリカの研究所で1980年からの2年間、金属の微粒子のコロイドの研究に取り組みました。これがコロイドヨードの開発の端緒といわれています。
<1981年~>
ヨードとがん治療が「出会った」のは1981年です。
東京帝国大学医学部(現、東京大学医学部)を卒業した医学博士、飯島登氏が、がんの治療にヨードを用いたのです。飯島氏は東京大学講師や聖マリアンナ医科大学教授を歴任した方です。
飯島氏はさらに、難病患者さんや高血圧や動脈硬化、胃潰瘍などの生活習慣病の患者さんにもヨードを投与していきました。
1990~2003年「重大な病気に試されるようになった」期
<1990年>
1990年代に突入すると、飯島氏が始めたヨードを使った治療の取り組みは徐々に広がり、がんだけでなく、緑内障、白内障、アトピー性皮膚炎といった病気の治療にもヨードを使う動きが現れ始めました。
<2003年~>
株式会社SAT(本社・東京都千代田区)という会社によると、2003年にタイの病院でコロイドヨードを使った臨床研究が行われました。
また、WHO(世界保健機構)やアメリカの医療機関などは、妊娠中や授乳中の女性はサプリメントと食品の両方からヨードを摂取するよう推奨しています。それは、お腹のなかの赤ちゃんや授乳中の子供は、母体内や母乳内にヨードが含まれていないとヨードを摂取できないからです。
ヨードは成長に大きく寄与するので、赤ちゃんや子供には欠かせない成分なのです。
2004~現在「がん治療への可能性を探る」期
<2004年~現在>
株式会社SATによると、2004年ごろからヨードは、がん治療はさらに深く関わるようになったそうです。
タイやコンゴで治療にヨードが用いられるようになりました。
また国内でも、クリニックの医師たちを中心に、末期がん患者さんたちにコロイドヨードをすすめる動きが出始めました。
ただコロイドヨードをすすめる医師たちも、がんの3大療法「手術、抗がん剤、放射線」を否定することはありません。むしろコロイドヨードを使っている多くの医師たちは、患者には3大療法を優先させています。
そして3大療法の効果が期待できなくなり、「がん治療難民」なった人たちに、がんの代替療法としてコロイドヨードをすすめているのです。
【現代の日本】クリニックの医師たちの見解
コロイドヨードの歴史を確認できたところで、現代の日本の医師たちがコロイドヨードについてどのような見解を持っているのかみていきましょう。
コロイドヨードは大学医学部附属病院や市立病院といった最先端病院や大規模病院では使われていません。それは、厚生労働省が認定した公的医療保険の対象となる治療法ではないことと、学会での検証が行われていないからです。
コロイドヨードを使った取り組みに熱心なのは、クリニックの医師たちです。
「末期がんの患者さんにすすめている」
東京都港区のクリニックでは、コロイドヨード療法を、末期がん、肺疾患、皮膚疾患などの患者さんにすすめています。
このクリニックでは、コロイドヨードの投与方法として次の4つを採用しています。
- 内服:コロイドヨード液を飲む
- 点滴:末期がんの患者さんの場合、水分を口から飲むことができないので、コロイドヨードを点滴で投与します
- 吸入:対象は肺疾患の患者さんです
- クリーム:皮膚疾患の患者さんにはコロイドヨードを混ぜたクリームをすすめます。患部に塗ります
「副作用が少ない」
地方にもコロイドヨードを使った治療に取り組んでいるクリニックの医師がいます。
鳥取県の内科・消化器内科クリニックの医師は、自院のホームページで「コロイドヨードは副作用が少ない」と紹介しています。
このクリニックでは点滴療法と内服療法の2つを採用しています。
点滴療法は1日1回100~200ミリリットルを投与して、これを10日間続けます。10日間の投与が終了した段階で治療効果を判定し、継続するかどうかを決めます。
内服療法は液体のコロイドヨード30ミリリットルを、2時間おきに1日8回飲み、これを2カ月続けます。
まとめ~蓄積された知見が日本で活かされている
コロイドヨードおよびヨードの歴史を駆け足でたどってみました。日本の研究者の関与が意外に大きいことに驚いた方もいるのではないでしょうか。
さまざまな研究者や科学者たちが医学的なアプローチをしてきた様子がわかったと思います。
これまで蓄積されてきた知見は、日本で活かされています。