甲状腺癌の治療法の1つに、放射性ヨード内用療法(ヨード治療)があります。甲状腺癌の患者がカプセルに入った放射性ヨードを飲み、癌細胞を破壊する治療法です。
ヨード治療の流れや、放射性ヨードと通常のヨードとの違いなどを解説します。

また、ヨード療法の副作用、適応症、治療中の食事制限などについても詳しく説明します。

ヨード治療とは

健康な甲状腺の細胞は、血液からヨードを取り込み甲状腺ホルモンをつくり、血液中の甲状腺ホルモンの量を一定に保っています。甲状腺ホルモンは体の新陳代謝に欠かせない重要なホルモンです。
のどぼとけの下にある甲状腺という器官にできる癌のことを甲状腺癌といいます。甲状腺癌治療の第一選択肢は手術ですので、ヨード治療は手術後に行われます。

ヨード治療では患者がカプセルに入った放射性ヨードを飲むだけです。

甲状腺癌の癌細胞も通常のヨードを取り込む性質があり、それと同じ要領で放射性ヨードを取り込みます。甲状腺癌の細胞に取り込まれた放射性ヨードが癌細胞に向かって放射線を放出するので、癌細胞が破壊されるというわけです。

ヨード治療を理解するには、ヨード(ヨウ素)について詳しく知っておく必要がありますので、次に詳しく解説します。

ヨウ素とは、放射性ヨードとは

ヨードとヨウ素はまったく同じものです。ヨウ素は原子番号53、元素記号「I」の元素です。

ヨウ素(ヨウそ、沃素、英: iodine)は、原子番号 53、原子量 126.9 の元素である。元素記号は I。あるいは分子式が I2 と表される二原子分子であるヨウ素の単体の呼称。

ヨウ素

ハロゲン元素の一つ。ヨード(沃度)ともいう。分子量は253.8。融点は113.6 ℃で、常温、常圧では固体であるが、昇華性がある。固体の結晶系は紫黒色の斜方晶系で、反応性は塩素、臭素より小さい。水にはあまり溶けないが、ヨウ化カリウム水溶液にはよく溶ける。これは下式のように、ヨウ化物イオンとの反応が起こることによる。

薬の名称や治療では「ヨード」が使われ、化学の授業や食材の成分では「ヨウ素」が使われますが、厳格なルールがあるわけではありません。
ちなみに、ヨウ素を多く含んでいる食材は、昆布、ヒジキ、わかめ、鶏卵などです。

ヨード治療で使われる放射性ヨードは、放射性を有するヨウ素のことです。「放射性を有する」とは、放射線を出すという意味です。
放射線は光の仲間で、高いエネルギーを持ち高速で飛ぶ粒子の性質と、高いエネルギーを持つ波長の性質を有します。

放射線と聞くと「人体に悪影響を及ぼす」というイメージを持っている人が多いと思いますが、それは「高いエネルギー」が人体の細胞を破壊するからです。
しかし大量の放射線を浴びなければ、人体への影響も無視できる程度にまで弱まります。例えばX線も大量に浴びると危険ですが、病院のX線画像検査を1回受けるだけでは体に影響はありません。

また放射性物質はいつか必ず放射線の放出をやめます。
何十年、何万年と放出する放射性物質がある一方で、放射性ヨードは8日間で放射線の放出量が半分に減り、2カ月も経つと完全に放射線を放出しなくなります。

放射線は人の細胞を破壊しますが、癌細胞を破壊することもできます。
つまり、放射線を正常細胞に当ててしまうと副作用が出たり、最悪死んでしまいますが、うまく調整して癌細胞だけに放射線を当てると、癌を死滅させることができるのです。
これが癌の放射線治療で、手術、抗がん剤と並んで癌3大療法といわれています。

放射性ヨードが甲状腺癌の治療で用いられるのは、次のような性質があるためです。

  • 放射線を放出するので癌細胞を叩くことができる
  • 8日で放射線量が半分になるのでコントロールしやすい
  • 放射線が飛ぶ距離が0.5ミリと短いので管理しやすい
  • 甲状腺癌が放射性ヨードを取り込んでくれるので、放射性ヨードを甲状腺癌に集中させやすい(正常細胞を傷つけにくい

ヨード治療が甲状腺癌に適応するメカニズム

ヨード治療では「I-131」という放射性ヨードを使います。甲状腺癌の患者はI-131が入ったカプセルを1錠飲むだけです。

患者の体内に入ったI-131は血液のなかに入り、吸い寄せられるように甲状腺癌に向かって移動します。
甲状腺癌の癌細胞が体内の別の器官や臓器に転移した場合でも、放射性ヨードを取り込みますので、転移癌にもヨード治療が用いられることがあります

放射性ヨードが放つ放射線は0.5ミリしか届きません。「至近距離から弾を撃つ」イメージです。そのため、放射性ヨードの放射線が他の正常細胞を傷つけることがほとんどないのです。

甲状腺癌とは

甲状腺癌は、甲状腺に発生する悪性腫瘍です。

甲状腺癌にはいくつか種類があるのですが、そのうち乳頭癌と濾胞癌の細胞は、甲状腺の細胞と同じようにヨードや放射性ヨードを取り込む性質があります。乳頭癌と濾胞癌のことを分化癌と呼びます。

ヨード治療の適応になるのは甲状腺癌のうち、乳頭癌と濾胞癌の2つです。ちなみに「乳頭」という文字を使っていますが、乳癌とは関係ありません。

先ほど、「ヨード治療は、甲状腺癌の手術の後に行う」と解説しましたが、これには2つの意味があります。
1つ目は、癌の治療は手術で癌細胞を切除することが大原則であるということです。

先に手術を行う2つ目の意味は、ヨード治療を行うには甲状腺をすべて摘出(全摘)する必要があるからです。

甲状腺が残っていると、正常な甲状腺の細胞も放射性ヨードを吸収してしまいます。そうなると、癌細胞が吸収する放射性ヨードの量が減ってしまいます。癌細胞に「たっぷり」放射性ヨードを届けるためには、甲状腺を全摘する必要があるのです。

また、甲状腺を全摘するほど悪化している患者にヨード治療が行われるわけです。

ヨード治療の安全性

ヨード治療は、東京大学医学部付属病院放射線科など、癌治療を専門にする病院で積極的に行われている治療法ですが、副作用があります。
詳しくみてみましょう。

ヨード治療の副作用

ヨード治療の副作用は以下のとおりです。

気分不快、倦怠感、吐き気、嘔吐、痛みなど

このような副作用は、放射性ヨードが消化管や耳下腺などに取り込まれ器官や臓器の働きに支障が出るために起こります。
ただこうした副作用は時間とともに軽減していきます。

四肢麻痺

甲状腺癌の癌細胞が背骨などに転移してしまった場合、患者が服用した放射性ヨードがその背骨の癌細胞にも引き寄せられます。その際、放射性ヨードが背骨の細胞を攻撃してしまうと、脊髄が圧迫されて手足が麻痺してしまうことがあります。
この副作用はCTやMRIによる画像検査をすることによりある程度予測できるので、副作用の大きさとヨード治療の効果を考量して治療を実行するかどうか決めることができます。

二次発癌

放射性ヨードを摂取したことが原因で、癌が発生してしまうことがあります。
医師は、こうした副作用を考慮しても、ヨード治療のメリット(治療利益)があるときにヨード治療を実施します。

妊娠についての注意点

医療機関によっては、1年以内に妊娠を希望する患者にはヨード治療をすすめないこともあります。ただこちらも患者(母親)の病状や生活環境などを考慮して、患者と医師で治療を行うかどうか決めることになります。
また1年以上後の将来に妊娠を希望する方は、入院治療中に水分を大量に飲み、大量に排尿することで卵巣への被ばく線量を減らす工夫を行う病院もあります。

ヨード治療のよくある疑問に答えます

それでは次に、一般の方がヨード治療について疑問に思うことについて解説します。

ヨード治療で入院する必要はあるのか?

ヨード治療は入院して行います。

入院期間は4~7日ほどで、放射性ヨードを服用した患者から放射線が検出されなくなるまで、病院の個室内ですごします。
入院期間中は個室から出ることができず、面会もできません。

治療期間は?

ヨード治療は1錠の放射性ヨードのカプセルを飲み、4~7日間病院に入院することを1セットとし、半年~1年ごとに計10セットほど繰り返します。
そのためヨード治療の治療期間は数年~10年ほどかかります。

ヨード治療前後で食事制限は?

ヨード治療を開始する前に、昆布やわかめなどのヨード(ヨウ素)を含む食材の摂取が制限されます。

ヨード摂取を制限すると、体の中は甲状腺の機能が低下した状態になります。すると脳の下垂体という器官から甲状腺刺激ホルモンが多く分泌され、体内に「ヨードを多く取り込め」という指示が出ます。

ヨード治療を受ける患者は甲状腺を全摘していますが、甲状腺癌の細胞が「ヨードを多く取り込もう」とします。
そのため甲状腺癌細胞が、患者が服用した放射性ヨードを積極的に取り込むりょうになり、治療効果が向上するのです。

ヨード治療ができる病院の選び方は?

ヨード治療は大学病院だけでなく、民間病院でも実施しているところがあります。

まずはグーグルやYahoo!などの検索機能を使って、「〇〇県(お住いの都道府県名)、放射性ヨード内用療法、受診、病院」で検索すると、ヨード治療を行っている病院のホームページが出てきます。

この中から、ヨード治療について詳しい説明を行っているホームページ・病院のブログ等を選び、まずは電話で相談してみてはいかがでしょうか。

また日本甲状腺外科学会が認定する専門医資格を保有する医師を探す方法もあります。
同学会は専門医の氏名とその医師が所属している病院名を一覧表で公開しているので、参考にしてみてください。

(参考:日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会専門医制度 内分泌外科専門医・名誉専門医・登録認定医一覧)
http://square.umin.ac.jp/thyroidsurgery/_userdata/%E2%98%8515_senmon_ichiran_2018_2.pdf

体への負担が少ないヨード治療

ヨード治療のメリットは、患者の体への負担の少なさでしょう。カプセルの薬を1錠飲むだけです。副作用を紹介しましたが、ほとんどは医師から予測される症状を聞くことができますし、実際に副作用が起きたときの対処も準備されています。

甲状腺癌の患者がヨード治療を単体で受けることは珍しく、通常は手術から継続して同じ主治医によって治療が提供されるはずです。

医師が変わる場合でも、前任の医師と新しい医師が連携して治療を継続させるでしょう。
ヨード治療の知名度は高くありませんが、決して「珍しい」「特異な」治療ではないので、治療の選択肢として考え、医師に相談することが重要です。