厚生労働省は2019年5月、白血病の治療薬「キムリア」の保険適用を決めました。1回の投薬の治療費が3,349万円もすることで一躍有名になりましたが、この治療法にはもうひとつ注目点があります。

それはキムリアがCAR-T細胞(かーてぃーさいぼう、キメラ抗原受容体T細胞)を使っていることです。

キムリアは「薬」の一種ではあるのですが、普通の薬ではなく細胞なのです。この記事ではCAR-Tが白血病を治すメカニズムを解説します。

抗がん剤とCAR-T細胞の違い

CAR-T細胞を理解するには、抗がん剤との違いについて知っておく必要があります。

抗がん剤はいわば「毒」です。ただ、毒といっても恐がる必要はありません。世の中の薬はすべて毒といっても過言はありません。風邪薬もアレルギーの薬も病気が治れば使用を中止しますが、それは薬が毒だからです。

薬とは、毒の力で病気の原因を叩き健康を取り戻すツールといえます。抗がん剤も薬なので、がんを殺したら服用をやめますし、抗がん剤が正常細胞を壊してしまって副作用が起きることがあります。

では、薬だけが、がんを叩く唯一のツールなのかというとそうではありません。例えば、野菜を中心とした食事もがん治療に効果があるという報告があります。野菜を中心とする食事は、毒ではありません。がんが治ったとしても野菜中心とする食事を続けたほうがよいくらいです。

そしてCAR-T細胞も、薬ではない、つまり毒ではない、がんを叩くツールといえます。それがCAR-T細胞を使った白血病治療が「画期的」と呼ばれる所以です。

CAR-T細胞はどうやって白血病を治すのか

CAR-T細胞(キムリア)を使った白血病治療を紹介します。

白血病は血液をつくる細胞ががん化した状態

血液を構成する細胞は「造血幹細胞」という細胞からつくられます。白血病は、この造血幹細胞ががん化する病気です。造血幹細胞には、赤血球や血小板、白血球をつくる骨髄系幹細胞と、T細胞やNK細胞などのリンパ球をつくるリンパ系幹細胞の2種類があります。2種類ともがん化する可能性があります。

司令塔のT細胞が少なく弱った状態

CAR-T細胞の「T細胞」は、リンパ系幹細胞がつくるT細胞のことです。T細胞は免疫の司令塔の役割を担っています。体のなかの免疫という機能は、がん細胞などの異常物体を叩きます。健康な人の体内でも日々がん細胞がつくられていますが、免疫ががん細胞を叩いているので健康な人は病気としてのがんを発症しないのです。

T細胞は、

  1. がん細胞を見つけてそれに目印をつける
  2. 目印がついたがん細胞を攻撃する

という2つの仕事をします。サッカーでいうと、チームメイトに攻撃方法を指示しながら自らシュートすることもある攻撃型ミッドフィルダーのような立ち位置で、まさに司令塔です。

健康な患者さんはT細胞が次々つくられるので、日々誕生するがん細胞を次々叩くことができます。

しかし白血病の患者さんは、T細胞をつくるリンパ系幹細胞ががん化するので、T細胞をうまくつくることができません。また白血病の患者さんのT細胞は、がん細胞に目印をつけることも、目印がついたがん細胞を攻撃することもできにくくなってしまっています。

再びサッカーで例えると、チームメンバーが5人になってしまったうえに、その5人が疲労しているようなものです。これでは敵に勝つことはできません。

CAR-T細胞は「パワーアップ版T細胞」

CAR-T細胞を使った治療では、まず白血病の患者さんから攻撃力が弱まっているT細胞を取り出します。そのT細胞の遺伝子を改変し、がん細胞につけた目印を認識する「アンテナ」をつけます。先ほどT細胞は、がん細胞に目印をつけ、その後、その目印を目指してがん細胞を攻撃する、と解説しました。「アンテナ」はその目印をみつけるための機能です。

このアンテナのことを「キメラ抗原受容体、Chimeric Antigen Receptor」といいます。つまりCAR-T細胞のCARです。T細胞にアンテナ「CAR」をつけるので、CAR-T細胞と呼ばれます。

T細胞をパワーアップしたCAR-T細胞を人工的に増やし、それを患者さんの体内に戻します。サッカーで例えると、5人に減ってしまったチームに、エース級の選手を何人も投入して敵と闘うようなものです。

「抗がん剤とCAR-T細胞の違い」のまとめ

ここでもう一度、抗がん剤とCAR-T細胞治療の違いを確認しておきましょう。両者には次のような特徴があります。

  • 抗がん剤:毒でがん細胞を直接叩く
  • CAR-T細胞治療:T細胞の遺伝子を変える

CAR-T細胞は毒ではありませんし、CAR-T細胞治療では、がん細胞を直接叩くことはありません。この「叩かない」ことが重要なのです。抗がん剤は「叩く」ために副作用を起こします。がん細胞だけを叩くことは難しく、がん細胞を叩いているうちに正常細胞まで叩いてしまうので副作用が出てしまいます。しかしCAR-T細胞治療では「叩かない」ので、正常細胞を傷めつけることはありません。

両者には次のような違いもあります。

  • 抗がん剤:体の外から体内のものでないものを投入する
  • CAR-T細胞治療:体内のものを取り出して加工して増やして戻す

抗がん剤は、「体内のもの」ではありません。抗がん剤を使った治療では、薬品工場でつくったものを体のなかに入れることになります。CAR-T細胞治療も「人の手」は加わっていますが、治療で使うのは元々患者さんの体内にあったもの(T細胞)です。そして抗がん剤は「体外のもの」で治療しますが、CAR-T細胞治療は「体内のもの」で治療します。

日本の厚生労働省ががん治療として認めていたのは、手術、抗がん剤、放射線治療の3種類でした。そして今回、CAR-T細胞治療も厚生労働省「公認」の治療法になったわけですが、これは手術・抗がん剤・放射線治療のどれとも似ていません。それでCAR-T細胞治療などは「第4のがんの標準的治療」になるのではないかと期待されています。

CAR-T細胞治療の効果

CAR-T細胞を使った「キムリア」は、スイスのノバルティスファーマという製薬メーカーが開発しました。キムリアは高い効果が報告されていて、日本以外では本国スイス、ヨーロッパ、アメリカ、カナダで製造・販売の承認を得ています。ノバルティスファーマによると、若い人の白血病の8割に治療効果がありました。

CAR-T細胞治療のスケジュール

日本ではCAR-T細胞治療は、その他の抗がん剤が効かなかった白血病の患者さんに対して行われます。白血病がみつかってすぐにCAR-T細胞治療を受けられないのは、その治療費がとても高いからと推測されます。治療費については後段で解説します。

CAR-T細胞治療は1回で終了します。患者さんからT細胞を取り出し、それをCAR-T細胞に加工して増やし、点滴で患者さんに投与して、治療は終わります。

3,349万円の治療を40万円で受けられる意味

アメリカでキムリアの治療を受けると、5,200万円かかります。日本での治療費が3,349万円なので、2,000万円も高い値段がついています。
ただアメリカでの治療費の支払い方法は、日本人の感覚からすると変わっていて、成功報酬となっています。キムリアを投与して白血病が治ったときだけ5,200万円を支払うのです。

日本の病院では、そのような支払い方法は採用されません。日本の医療保険制度は成功しても失敗しても料金は同額です。日本では治らなくても治療費を支払ってもらえるので、製薬メーカーは2,000万円も割り引いたのかもしれません。

それでも3,349万円は高額です。しかし日本の医療保険制度には高額療養費制度があるので、健康保険を使えば患者さんの自己負担は40万円ほどで済みます。ただ製薬メーカーには3,349万円を支払わないとならないので、残りの3,309万円(=3,349万円-40万円)は、医療保険制度で負担します。医療保険制度で負担するということは、医療保険に加入している人や税金を支払っている人が負担するということです。つまりほとんどすべての大人が負担することになります。

キムリアの治療を受けるには先に他の抗がん剤を試さなければならないので、日本でキムリアの対象となる患者さんは年200人ほどとされています。200人が3,349万円の治療を受けると約67億円になります。

3,349万円の医療を40万円の自己負担で受けられるのは素晴らしいことであると同時に、「お金の問題」が浮上してしまいます。本来は命に値段などつけてはいけないのですが、「3,349万円という巨額のお金」を突き付けられるとそれを考えずにはいられません。

「67億円を国民に負担させてしまうのか」ということも考えてしまいますし、「もっと治療費が安ければ白血病が発見された段階でCAR-T細胞治療を受けられるのではないか」とも考えてしまいます。そして「製薬メーカーが儲けすぎているのではないか」とも感じます。

第4のがん治療が出来つつあるのに、素直に拍手ができず「別なこと」が頭をよぎってしまう人は少なくないでしょう。これではキムリアの治療を受ける白血病患者さんも、複雑な思いを抱えることになってしまいます。

まとめ~人類の悲願にまた近づいた

CAR-T細胞を使った治療は、画期的な医療といえるでしょう。手術のように体を切るわけではなく、抗がん剤のような副作用の心配はなさそうで、本来は体によくない放射線を体に当てる必要もありません。CAR-T細胞治療は、自分の細胞をパワーアップ細胞にしてがんを叩くだけです。

人類の悲願であるがんの撲滅に、また一歩近づいたわけです。

あとはこれが「普通の治療」になって、治療費が下がることに期待するだけですが、CAR-T細胞治療を開発できたくらいなので、不可能ではないと夢を抱かずにはいられませんね。